第3病棟でつかまえて

わたしがホールデンで、先生が捕手をするの。

救急車で搬送されてるなうイェーイな写真撮れるメンヘラすげぇなって尊敬した日

2022年 2月28日(月) 入院初日

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わたしは暗い部屋にプラネタリウム調のプロジェクターを天井に向けて点け、側にはトニン液の牛乳割りのためにカモフラージュで買ったシスコーンとかいうシリアルのサクサクチョコリングと大好きなコーヒー。

部屋で、届いたばかりのHHCを吸っていた。しかしなんとも、煙を吸えた感がなくて。ボタンを押しながらではないと煙が出ないらしい。

それでは、とわたしは思い切り煙を吸い込み、肺に溜め込んだ。

この様子を見守ってくれていたスペースでのフォロワーたちは喜んでくれた。上手く煙を肺に入れられたね、と。

しかしわたしは焦っていた。

わたしは喘息持ちだった。

このところ大きな発作も起きてないし、タバコを吸ってもへっちゃら。でもこの時の出来事で、わたしの吸い方ってただの"フカシ"だったのかも、って思った。

 

これまでに遭遇したことがないクソデカやば発作を起こした!と思ったわたしは焦っていたのかもしれない。焦るもなにも、呼吸ができないのだからなにも考えられない。

なんとか息を吸えるが、気管がくすぐられるかのような前作の時と似たような感覚があった。これで反射的に咳が出てしまうのだが、ここで苦しさに任せて思い切り咳をしてしまうと、その弾みでもどしてしまうのではないかと思った。わたしは、小学一年生の時から嘔吐恐怖症である。

 

しばらく呼吸ができず、なんとか吸い、控えめに咳をし、慎重に空気を吸い、というのを繰り返した。スペースで同席してくださったフォロワーたちも、なんだか様子がおかしいぞと思い始めたところであろう。みなが懸命に声をかけてくれたり鈴を鳴らして安らぎを与えようとしてくる。

 

喘息患者にはわかると思うが、『喋る』という行為にはかなりのエネルギーを使うのである。ひどい発作の時には、しゃべれない。ようやく指が動くようになりツイートでヘルプを出す。これはもしかして救急車モノかもしれないぞ?と思った。

 

しかし、救急車を無闇に呼ぶのは良くない。

ほんとうに人命に関わる人に救急車が回らなくなってしまうかもしれないからだ。

なので、第三者から指示を仰ぎたかったのだ。喘息なら場合によっては発作が時間経過とともに少しずつ良くなることだってある。いや、こんなにひどい発作に見舞われたことはなかったんだけどさ。

 

救急車が必要かの相談ダイアルがあるのをわたしは知っていた。常識だよな。

でも、まさか自分がそれをかける側になるなんて思ってもいなかったから、呼吸困難に陥るとその番号がわからない。

 

ネットで検索すると#71119という番号がヒットしたので発信したいのだが、iPhoneでのダイアルボタンの出し方がわからないために、わざわざ電話帳に登録した。

 

かけてみたら、何と最初にわたしの発信を受けたのは生身の人間でなく機械の音声ダイアルであった。

は?救急が必要かもしれないのに?

音声が終わるとようやく肉声の女性が対応してくれたが、やたらと個人情報を聞いてくる。

違うんだ、救急車を呼ぶべきかどうかを仰ぎたいだけなんだよ。だから「それは救急車を呼ばずに様子見てください」とかせめて「救急車の要請が必要ですので、個人に関する情報をお聞きして救急に伝えていいですか?」みたいな尋ね方ならわかるよ。しかしね、アンサーのないまま苦しくて喋れないわたしにあれこれ訊いて喋らせようとする。

「もういいです!」

自分が苦しくて喋れない状況にある、と分かってもらえなくて涙が出てきた。

 

もうこれは指示を仰ぐより救急に直接「この程度で救急車を呼ぶ必要はありますか?」と尋ねようと思った。

はじめて生の「消防ですか?救急ですか?」を聞いた。小学校の社会科の授業きりだよ。

でもここでも状態がどうこう、というのを話して(身体の状態とどこにいるか、周りに人はいるのかなど)と名前住所年齢を聞かれて……違うんだ!わたしは救急車を呼んでもいいかどうかが訊きたいんだよ。

 

今思い返すと、パニクってたのかな。

この、冷戦沈着と職場では評価されているわたしが?

 

救急に繋げた電話も切ってしまったわたしは、かかりつけの精神科に電話をかけた。ここなら客観的に救急車を呼ぶべきか判断してくれそうだし、喋れなくて救急に電話ができないんです、と言えば病院が手配してくれそうだろ。

今思い返すと何で傲慢な考えなんだろう。精神科の受付や事務の人々は患者の家に救急車を呼ぶために存在しているわけじゃないのに。

しかし、ここにはわたしの氏名生年月日年齢性別住所既往歴、救急が必要にしてそうな情報は何でも持っているだろう?だからここに頼るのが賢い選択だと、その時のわたしは思ったんだよ。

 

電話をかけたら受付の人がもちろん出たと思うさ。いつも窓口で見送ってくれるあの人かどうかはわからないけど、取材に繋げましょうかと言われたから、わたしははからずもはいと答えてしまった。

 

主治医と電話越しでこんなにクリアに話したのははじめてで驚いた。受話器の向こうにはるきゅんがいるんだ。

前に熱が出て受診をキャンセルして薬だけ出してもらった時は、おそらく内線越しに通話されて、声がすごく遠くて機械をいくつも経てわたしの耳にはるきゅんの肉声が届いてるんだな、という気持ちになった記憶がある。

 

わたしの主治医は天才なので、すぐに「今ヒューヒューって音がしてないね」と言った。

このヒューヒューな喘鳴といって、喘息の発作が起こった時に鳴る独特の胸の音である。発作がひどく気管が狭くなると息の抜ける音が胸からヒューヒューと、周りにいる人間に聞こえるほど大きな音で鳴る。わたしはてっきり喘息のバカデカ発作が来たと思っていたけれど、ここではじめて喘鳴がないことに気が付かされたのだ。つまり、これは喘息ではないって先生が言っているのだ。

 

どういった経緯でこのような呼吸になってしまったか話した。

水タバコを吸っていて、思い切り吸い込んだら咳込みが止まらなく呼吸ができなくなって、喘息かと思ったのだと。

 

そうこうしているうちに救急隊の人が来たらしくずっと家の中にピンポンピンポンと音が響いた。そういえば、呼吸困難になってから身動きを取ったことがなかったのに。わたしは立てるかしら、と不安に思いつつも主治医と繋がっている携帯を持って玄関の鍵を開錠した。ブルーの防護服を着た救急隊員が三人いた。わたしはここで自分の足で立つことを諦めたのか?玄関に蹲った。

 

一人がわたしの指をあの洗濯バサミみたいな器具を使って酸素と脈でも測ってんだろうか。

「三郎丸さん、酸素の量は大丈夫です」蹲ってるわたしにそう声をかけた。

この人以外の二人は、わたしの携帯越しに主治医と話をしていた。たぶん、はるきゅんがわたしの状態を詳しく説明してくれているんだ。

コロナ対策か「寒いので扉閉めて入ってください」と隊員たちに行っても応じない。外の冷たい風が家の中に入ってくるがために、わたしは涙も乾く暇も呼吸もする力もなくベッドに戻って軽い毛布を一枚羽織ってきた。これを見て、余計に救急隊員たちはわたしが身軽に動ける人間だと思ったのかもしれないな。呼吸困難だ、って何度も要請出してるのに。

救急隊員Aが「保険証ありますか」とほざいた。そんなもん、緊急時にいるか?家族がいて代わりに動いて探してくれるならまだしも。わたしは朝なのに電気もつけないで暗い部屋の奥からハァハァ言いながら出てきたのだぞ。

保険証なんて!最近出かけたのはどのカバンだった?

わたしはカバンを探そうとしたけど、頭が回らなくて自分が直近で外に持ち出したバッグがどれか思い出せなくなったのだった。わたしは考えることを諦めて、すこしベッドの周りを右往左往した後で「どこにあるかわかりません」と言った。苦しかった。喋ったし、動いたから。

 

また玄関に戻ったら、どうやらわたしをこの家から出して助け出してくれる手筈をしてくれるみたいだけど、「マスクがないと救急車乗れないからね」とマスクを取ってくるように言われた。

もうわたしは歩きたくないんだ!呼吸ができないから!!

わたしは「もうなんでよ!」「なんで誰も手伝って助けてくれないの(コロナだから無理なのは分かってるけどきついわたしの代わりに誰か荷物探し出す手伝いとか、手貸して歩かせてくれたりして欲しかった)!」と泣き喚きながらまたベッドに舞い戻って不織布マスクを探し出した。緊急なんだから、傷病者に装着するマスクくらい救急車に乗しとけよ。

 

救急隊員Aが一応背後についてきてくれて、「上着も持って行きましょう」と言ってくれた。わたしが毛布を被ったまま玄関に向かおうとしたら「毛布は置いときましょうか、車内にも毛布はありますので」と言われた。わたしはまるで強盗に銃を突きつけられた銀行員のごとく両手を上げ、その手から握っていた毛布の裾がパタリと落ちて、台所の横というヘンなところに放置されてしまい、わたしの家には『非常事態があった』痕跡がひとつ残された。

玄関までの廊下を歩くと「家の鍵はどこですか」と問われた。わたしは鍵を指さした。

「そこの黄色いヒモのやつです」

わたしは24歳のいい歳したババアであるが、他に特に鍵を所持する習慣がないために鍵っ子の小学生が首から紐で鍵をぶら下げているあのスタイルを未だに貫いていた。

救急隊について行き、上着を一枚(極寒に備えてニ枚持ち出した)羽織らせてもらう。救急隊がわたしの鍵で家を施錠した。ガチャリと回し終わった後で、彼はわたしにこう問うた「火の元は大丈夫ですか?」

は?鍵閉める前に訊いてくれよなタコ。

わたしはHHCのあの、アイコス本体みたいな方(呼び方がわからない)を充電器に刺しっぱなんじゃないかと思ったけど、また家の中に戻る体力なんかなくて。「大丈夫です」と答えてしまう。それが後ほどの診察室編でわたしを翻弄するのだ。

 

わたしはこの人たちをなんだと思ってたんだろう。そして悪いフォロワーの病院のせいで救急搬送には特別緊急車両運搬具利用料みたいなものを取られるもん、3万は取られるかと思ってた。フォロワーの病院が救急治療料みたいなものをバカ高く設定して悪徳商法してるだけだった。

「わたしお金持ってません」

わたしは抵抗を始めた。「だから救急車には乗れません」

だからわたしはマンションの下に着いて、ビカビカに赤いランプを点滅させてる救急車を目の前にして抵抗した。

「お金ないから払えません。救急車代払えない」

泣きながら喚いたのだ。

視界のフチに、様子を気にしてるんだろう井戸端状態のおばさま二人を捕らえたりする。マンションが数棟まとまって建ち、救急車が来ると「なんだ?」と野次馬精神丸出しの住民がワイワイとベランダから出てくるのをわたしは玄関から見てる。ヘンな比喩とかじゃなくて。うちの玄関は第参棟から丸見えなの。こりゃ近所で噂になるぞ。

「タクシーで行きたいです。救急車には乗りたくない!わたしはお金が払えないから!!」

これでは知的な問題の多い精神疾患者に見えて同然だ。

ちなみにここまで歩いてついてきたのは特に担架もなにも持たずに現れたからです。ほんとはおぶってでも自分で歩きたくなかったけど、自分で歩かざるを得なかったのだ。

救急車といえば担架に寝かされて寝床をスライドして乗車させられるイメージが多いが、わたしは自分の足で救急車に踏み込み乗り込みシートに座った。

 

座るとまた名前や年齢生年月日を聞かれた。

救急にもすでに話したし電話の主治医に聞いてから喋るのつらいから、って救急隊員Aに抗議したが「ここで言わないと病院に出発できないよ」と言われたのでまたここでも個人情報セットの要求かよ。

精神科がわたしの過呼吸を診てくれるそうだと聞かされた。なのでわたしは、いつものおひさま病院搬送で良い、と脳死で答えていた。どう考えても呼吸器診てもらったほうがよかったと考えろ。なんであんな爆発咳が起こったか、喘息持ちなら詳しく調べようとしろよ。(それが自然な反応だったんだって、今ならわかるけど)

 

私を乗せた救急車は、わたしが名前生年月日年齢住所、そして何故か血液型も添えて。わたしが自己紹介をすると、我がおひさま病院にようやく出発することになった。